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東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)27号 判決 1959年8月18日

原告 株式会社北村商店

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和三十一年抗告審判第二、六五〇号事件について、特許庁が昭和三十三年六月十七日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求めると申立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は昭和三十年十二月二十八日別紙目録記載のように、「懐中時計の正面及びその竜頭に鎖が附され、その鎖は右時計の上部から両側及び下部に描かれており、この図形の上部の左右両側にそれぞれ『GOLD』『WATCH』の欧文字を横書にして構成されている」原告の商標について、指定商品を第三十類絹織物として、登録を出願したところ(昭和三十年商標登録願第三五、九〇八号事件)、昭和三十一年十月三十日拒絶査定を受けたので、原告は同年十二月六日右査定に対し抗告審判を請求したが(昭和三十一年抗告審判第二六五〇号事件)、特許庁は昭和三十三年六月十七日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同月二十六日原告に送達された。

右審決は、登録第七二〇五六号商標(大正四年五月十三日第三十一類木綿織物を指定商品として登録される。)を引用し、これを原告の出願にかゝる本件商標と比較し、(一)先ず外観について、引用商標の腕時計の図形は、通常のものと異なり竜頭の部分が極めて大きく表わされているため、普通一般に見受けられる懐中時計と同一の形状であるから、離隔的に観察するときは、本件商標と互に紛わしく、(二)称呼及び観念上からみると、本件商標の「ゴールドウオツチ」又は「キンドケイ」の称呼及び観念は、「トケイ」と称呼し又は「時計」と観念し得る点において引用商標と類似する。

そして両者の指定商品は互に類似するから、原告の商標は、商標法第二条第一項第九号の規定により登録することができないとしている。

二、しかしながら審決は次の理由によつて違法であつて、取り消されるべきものである。

(一) 先ず外観について、原告の商標は懐中時計の図形の一般的特色である懐中時計用の鎖が明瞭に描かれており、この点において引用商標の腕時計の図形の一般的特色である腕側バンドのある図形と明瞭に区別され、引用商標の図形が懐中時計と見誤られる虞は絶対にない。しかるに審決が、引用商標の図形が単に竜頭が大きいとの一事のみで懐中時計の図形を紛らわしいとしたのは違法である。更に原告商標は、懐中時計の図計の図形とGOLD WATCHの文字との結合商標であつて、単なる腕時計の図形のみである引用商標の図形とは一見して区別されるのに、右文字の存在を全然無視して両商標が類似するとしたのも、重大な経験則の違背がある。

(二)  次に称呼及び観念についてみても、原告の商標は「ゴールドウオツチ」であり、英語の普及している今日、殊んど日本語化され親しみやすく呼び易いものであつて、あえてこれを「金時計」又は「時計」と呼ぶことはないといつて過言でない。審決は、原告の商標が称呼及び観念において「時計」とされるが、「ゴールド」と「ウオツチ」においては、称呼においても観念においても、「ゴールド」の称呼及び観念が呼び易く、かつ「金」という意識が強く観念されるものであつて、単に「時計」の称呼及び観念を生ぜるものではない。この点においても審決は誤つている。

(三)  最後に取引の実際についてみるに、原告の商標は、取引界及び一般顧客より「ゴールド、ウオツチ」として取引されており、「時計印」等ゴールドウオツチ以外の名称で取引されている事実は全然ない。従つて引用商標と混同される虞れは全然ないのに両商標が類似するとした審決は誤りである。

(四)  なお被告の答弁について、商標の比較がいわゆる離隔的観察の方法によらなければならないことは争わないが、離隔的観察は、普通の知識を有する商品の需要者が商品を購入するに当たつて普通用いる注意を標準とすべきであつて、一般に時計の図形を認識するときは、それがいかなる種類の時計かを認識するのであつて、図形が腕時計であれば具体的に腕時計として認識し、抽象的に時計として認識したり懐中時計と誤認したりしないものである。

仮りにそのように抽象的に認識したり、誤認したりするとすれば普通用いる注意を欠くものであつて、このような注意を標準として比較すべきものではない。

被告の主張は、本件商標における図形の認識について、これを抽象的に時計として認識する場合のあることを前提とするものであつて、通常このように認識することはないから右の主張は失当である。

(五)  更に引用の登録商標は、その図形全体の約三分の一を時計の図形が占めており、原告の本商標は全体の約三分の二を時計が占めているのであつて、両者の時計の図形と図形全体との比較において全く反しているものであるから、この点からも両者は類似していない。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対して、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一の事実は、これを認める。

二、同二の主張は、これを否認する。

(一)  外観について、本件の商標と引用の商標とを直接に対比観察するときは、原告の主張するような点において、若干の相違点の存在することは否定しないけれども、商標の類否判断は、いわゆる離隔的観察を以てすべきものであり、しかも引用商標の腕時計の竜頭が通常のものに比して極めて大きく、一般の懐中時時計のものと同様の形状に表わされていることの点等を併せ考慮するときは、両者は一層外観上の点において紛わしく、両者は類似する。

(二)  称呼及び観念についても、本件の商標からは一応「ゴールドウオツチ」又は「キンドケイ」の称呼及び「金時計」の観念を生じ、又引用の商標からは、「ウデドケイ」の称呼及び「腕時計」の観念の生ずるこは否定できないけれども、一般の商取引においては、商標をその構成する各部分又はその総括した全体を通じて最も新しみ易く、かつ呼び易いものを抽出してこれを簡易化して明瞭な字句として称呼、観念するものであり、本件についても両商標の指定商品である絹織物及び木綿織物の類の取引者及び需要者を念頭において取引の一般を考察すれば、観者は両者をひとしく単に「トケイ」と称呼し、「時計」と観念することは極めて自然であつて、この点においても両者は紛れるおそれが十分あるものといわなければならない。

第四、証拠<省略>

理由

一、原告主張の請求原因一の事実は、

当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実及びその成立に争のない甲第一号証、乙第一号証の一、二によれば、原告の出願にかゝる本件商標は、別紙記載のように、中央に、その竜頭から左右下方にかけて流れている一本の鎖をつけた懐中時計の正面図形を描き、その上部左右両側にそれぞれ「GOLD」及び「WATCH」の文字を横書きにして構成されており、引用にかゝる登録第七二〇五六号商標(第三十一類木綿織物を指定商品として、大正四年五月十三日に登録され、その後二度にわたり存続期間の更新がなされ今日に及んでいる。)中央に、幅広のバンドをつけた腕時計の正面図形を描き、その下方に「TRADE MARK」の文書を横書にして構成されているものであることが認められる。

三、よつて原告の出願にかゝる右商標が審決の引用にかゝる前記登録商標と類似するものであるかどうかについて判断するに、両商標の要部と認められる時計の図形について、前者は懐中時計であり、後者は腕時計であることは、先に認定したとおりであるから、これら図形を両々相対比して比較観察した場合、この間に原告の指摘するような顕著な差異の認められることは疑を容れない。

しかしながら商標の類似の判定は、原告代理人においても争わないように、これを付した商品の取引者、需要者が、時と場所とを異にして、各別にこれを観察した場合に、いわゆる離隔的観察において、彼此両者が同一のものと思い違え、取り違えるような危険があるかどうかによつて決すべきものであることは多くいうことをまたない。

いまこの観点に立つて本件を見れば、両商標ともわれわれの日常生活において極めて深い関係を持つている時計の図形を中心とし構成されているものであるから、これら商標を付した、その指定商品である絹織物、木綿織物の取引者、需要者の多くは、それが懐中時計であるか、腕時計であるか等には必ずしも深く注意せず、ひとしくこれを「時計」印と呼び「時計」の図形として記憶し、曽てその一つを付した商品に接した購入者は、後日手にした他の商標の付せられた商品をも、同一の商標の付せられたものと思い違える危険が甚だ多いといわなければならない。

原告は本件出願商標において図形の左右に顕著に記載されたGOLD WATCHの文字、懐中時計と腕時計計、鎖の有無等図形の相違、ことに商標全体について時計の図形の占める割合等からして、本件商標は引用商標とは紛らうことのない外観、称呼及び観念を有し、取引の実際についても前者は「時計」印等ゴールドウオツチ以外の名称で取引されている事実はないと主張するが、右後者の事実についてはこれを認めしめるに足りる証拠は全然なく、前者の主張については、特に時計類等の取引においてならば格別、先にも述べたような両商標の指定商品である絹織物及び木綿織物の類の取引者及び需要者が商標上付せられた図形を見た場合、これが時計の図形であること以上に、原告の指摘するような詳細の点まで注意し、記憶して、両者を区別することは容易に期待されないものといわなければならない。

四、してみれば両商標は、類似するものと判定するを相当とし、その指定商品もまた互に類似するものであるから、審決が本件商標は商標法第二条第一項第九号の規定により登録すべからざるものとしたのは相当であつて、原告の本訴請求は棄却を免れない。

以上の理由により訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のように判決した。

(裁判官 原増司 中村匡三 入山実)

本件出願商標<省略>

引用登録商標72056号<省略>

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